健康・ヘルスケアという言葉はこれまで以上に注目されている。健康診断をきっかけに健康づくりに取り組んだという人もいるかもしれない。しかし、健康診断では「すでに悪化しているかどうか」が判断されており、その点において健康を維持できるとは言い難い。もし、症候化を「予見」できれば、事前に対策を打てるようになり、真の健康社会を実現できるかもしれない。予見性を提供し、症候化よりも前に対策を打てる社会の実現を目指すため、「心拍変動」という現象に注目しているのがクアドリティクスだ。
クアドリティクスは2018年2月に創業した医療健康AIスタートアップ。同社が注目している心拍変動とは、心拍間の時間の変化を指すものであり、これはゆらぎながら変化することがわかっている。心拍変動を解析することで、身体中のさまざまな変化を自覚症状が出る前に予見できる可能性が学術研究から示されている。
心拍変動と関連がある症候は、てんかん発作、睡眠時無呼吸症候群・居眠り、ストレス・うつ・不眠、脳梗塞、心筋梗塞・狭心症、心不全・不整脈、高血圧・腎不全、糖尿病、月経・妊娠・更年期など多岐にわたる。各臓器や組織の状態は自律神経を介して心臓に伝わり、その変化が心拍変動に反映されていると考えられている。そのため、心拍変動を解析することで自律神経の活動が解り、各臓器や組織の状態を推測できるのだ。
心拍変動そのものは心電図から取得できるが、身体の各種変化との関係は複雑であり、高度な計算を必要とする。そこで同社では、心拍変動解析において機械学習を用いる。クアドリティクスCEOの林氏は、「通常の臨床慣行における心電図読影はスクリーンショットのようなもので、非常に短い期間における心拍の間隔しかわからない。一方、心拍変動解析では日単位の連続データを用いることで時間領域指標と周波数領域指標を算出し、経時変化を捉えることができる。特に生体情報のデータ取得から解析まで社内で一気通貫して行うところに我々の強みがある」と話す。
同社の4つの独自性がSAFEと呼ぶものである。Sensing(精緻な医療水準デバイス)、Analysis(長時間連続データ解析)、Foresight(対処時間を生むことが可能な予知的アルゴリズム)、Empowerment(持ち歩けるモバイル解析エンジン)の頭文字を取ったものであり、これらを統合し、スマートフォンでリアルタイムに解析できることを目指している。
なお、心電図を測定するウェアラブル心電計は、胸の表面に貼る絆創膏型。林CEOは、「日常生活で他人の目を気にせずに常に装着できるよう、目立たないものを選んでいる」と話す。単一デバイスで複数種類の症候をターゲットにできるのも大きな特長だ。
クアドリティクスによる心拍変動分析が実装可能レベルに到達しているものは、居眠り検知である。すでに運輸系企業と共同で研究開発を進めている。また、居眠りという日中の傾眠の原因の一つに睡眠時無呼吸症候群がある。睡眠時無呼吸症候群も専門病院と共同研究を行っており、2〜3年以内の事業化を目指している。
そして、同社の創業時から取り組んでいるのが、てんかんの検出である。てんかんは、突発的な発作が生じる脳神経の病気であり、患者本人にもいつ発作が起きるか予測できない。もし、てんかん発作を予見できれば、作業を一旦やめることで事故などを防ぐことができるだろう。すでに、発作が起きる数分前に予知できることに成功している。
予知だけでなく、将来的にはてんかんのメカニズム解明や発作予防策の開発にもつながる可能性がある。「てんかんに関するデータがそもそも少ないのが現状。発作を予知できるようになれば所見も正確に記録できるようになり、てんかんについて深く理解できるようになる。また、超即効型抗てんかん薬のようなものが開発されれば、アラートから発作までの間に対処することで発作そのものを未然に防ぐことができるだろう。そうした治療薬の開発にも貢献できれば」と、林氏は将来を見据えている。
てんかん発作の予知機能は5年以内の実用化を目指している。実用化されれば世界初となる。日本医療研究開発機構(AMED)の「医工連携・人工知能実装研究事業」に採択された名古屋大学を代表機関とする「心拍変動解析によるてんかん発作予知AIシステムの研究開発」に分担機関として参加しており、医療機器承認の取得を視野に入れている。
居眠りや睡眠時無呼吸症候群などは、あらゆる企業の従業員に関わる課題であり、健康経営に係るサービスとして期待できそうだ。
取材・文:GH株式会社 島田